寄稿/「珈琲新鮮館」店主 沼田秀二

●2005.6 [6]おやゆび族 
●2005.5 [5]「・・・でいい」でいいの?
●2005.4 [4]きみに淹れる珈琲
●2005.3 [3]「優しい時間」に見る喫茶風景
●2005.2 [2]コーヒーに託された使命
●2005.1 [1]コーヒーは嗜好品

2005.6

 ●[6]おやゆび族
  携帯電話。電話とは言うものの今や情報端末装置。あれだけのサイズでこれでもかこれでもかと機能が詰め込まれ、さらに進化(?)し続けている。すごい技術力だとは思う。
 当店においても携帯電話の使用場面は日常茶飯事。入店すると直ちにメール交換もしくはチェック。二人で来られても個々の情報交換に専念して、会話は少ない。静かではある。着信音が鳴れば食事も途中で外へ飛び出してゆく人も少なくない。コーヒーが冷めてしまうのに。せっかくお茶をしに来たのだから、もっとゆっくりしていたらいいのに、と余計なこととは思いつつ心配したりもする。喫茶店を利用するひとの動機はさまざま。とにかくコーヒーや紅茶が飲みたいとき、ひとやすみしたいとき、親しい人とのお喋り、読書等々。最近は情報端末装置にいそしむ「おやゆび族」がめっきり多くなった。

2005.5

 ●[5]「・・・でいい」でいいの?
  言葉はいきもの。従来の慣用に照らすと誤用と思えても、頻繁に見聞きすると一般化しているのかな、と思ったりする場合があります。若者言葉にしても、流行りだすと大人が真似(?)をして、時代に遅れていないことを誇示しているようにも思えることもあります。最近のベストセラー「問題な日本語」もこうした気になる日本語について言及してあり、興味深く読みました。私の店でも気になる言葉に出会うことがあります。たとえば、店側「コーヒーはお好みの濃さでおいれしますが」→お客様『薄めでいい』、店側「コーヒーはお食事の前後どちらにしますか?」→お客様『後でいい』と言った例です。お客様は「控えめに」とか「遠慮がちに」「謙虚に」と言った意味をこめて言われているのだと思いますが、日常生活の中でもこうした例は多いのでしょう。どちらかと言えば、比較的年配の方に多いようです。

2005.4

 ●[4]きみに淹れる珈琲
  貧しい家庭に育ったノアが17歳の夏、米南部の町で裕福な家庭の娘アリーに出会い、身分違いの恋に落ち、さまざまな障害を乗り越えて結ばれる。80歳になったノアはアルツハイマーに病む妻に、自ら綴った愛の軌跡をアリーの復活を信じて読んで聞かせる。そう、映画や訳本で話題の「きみに読む物語」。愛する妻への純粋で、変わらぬ思いが胸を打ち、泣かされる。
 遅かれ早かれ、ひとは皆、歳をとる。人生の終末のカウントダウンが始まっている私にとっては、胸が痛む。私に出来ることといったら、きみにコーヒーを淹れることくらいかも。いや、まてよ。もしかしたら、「きみが淹れる珈琲」になるかも知れない。コーヒーに対する味覚と嗅覚は、いちばん最後まで残っていて欲しい。

2005.3

 ●[3]「優しい時間」に見る喫茶風景
  総合商社のエリートビジネスマンだった主人公勇吉(寺尾聡)が愛妻めぐみ(大竹しのぶ)の自動車事故死をきっかけに、妻の故郷・富良野に喫茶店「森の時計」を開くところからこのドラマが始まる。ご存じ倉本聡原作・脚本による北海道・富良野の喫茶店を舞台にしたテレビドラマ。
 ドラマの内容はさておき、喫茶業を生業とする私には多少現実的ではない場面は少なくないが、そこはフィクションとして見れば情景設定が楽しい。「森の時計」では客にミルを渡してコーヒー豆を挽かせる。マスターはおもむろにそれを受け取りネルドリップ方式で抽出する。北の大地に静かな時が流れ、心が和む。自分のため、愛する家族のためにコーヒーをいれる時ひとは優しい気持ちになれる、といいなと思う。

2005.2

 ●[2]コーヒーに託された使命
  熱帯雨林を保護する団体(レインフォレスト アライアンス=RA)は、森林と共存しているコーヒー農園では野生動物の住処(すみか)にもなっていることを明らかにしています。こうしたコーヒー農園では農薬や化学肥料に頼らず、堆肥などを積極的に使用することによってミミズなどが繁殖し、コーヒー樹にとって好ましい土壌が作られ、長期的に良質なコーヒーまめが収穫される循環ができています。RAではこうした環境基準に合致し、検査に合格した農家にRAの認証マークを付与しています。いわば「生産者の顔の見える商品」と言えるでしょう。私たちはRAの認証シールのあるコーヒーを買うことで間接的に熱帯雨林・野生動物の保護とその農家に協力することができます。コーヒーも川下である消費から、川上の生産地まで見てゆく時代になってきました。

2005.1

 ●[1]コーヒーは嗜好品
 「嗜好品(しこうひん)」は「老いて日々口にする好きなもの」と書きます。言い得て妙といいますか、この漢字を充てた人は偉いなぁと思います。食物のように生命を維持するために必要なものではなく、「たしなみ」であり、興味のない人にとっては「無駄なもの」でもあります。
 嗜好品を代表するものに緑茶・紅茶・コーヒーがあります。私はどれも愛飲し、時と場合によって飲み分けていますが、コーヒーには緑茶・紅茶には無い力強さと深みがあり、さらに苦味と酸味が同居しています。このことがコーヒー党と茶党を分ける大きな要因だと思います。