寄稿/杏林大学医学部精神神経科 
東京産業保健推進センター
メンタルヘルス相談員 山寺博史

'07.10 職場でのストレスとこころの病(1)
'07.11 睡眠の重要性
'07.12 職場でのストレスとこころの病(2)〜不眠症に関して〜
'08.01 職場でのストレスとこころの病(2) 〜不眠症の治療/睡眠衛生〜前編
'08.02 職場でのストレスとこころの病(2) 〜不眠症の治療/睡眠衛生〜後編
'08.03 職場でのストレスとこころの病(3) 〜睡眠薬について〜
'08.04 職場でのストレスとこころの病(4) 〜過眠症について 1.〜
'08.05 職場でのストレスとこころの病(4) 〜過眠症について2.〜
'08.06 職場でのストレスとこころの病(4) 〜過眠症について 3.〜
'08.07 睡眠に伴って出現するさまざまな症状
'08.08 睡眠と関連した異常行動(運動障害)について
'08.09 自殺について(1)
'08.10 自殺について(2)ー過重労働と産業医ー
'08.11 自殺について(3)ーうつ病の症状に気をつける1.ー
'08.12 自殺について(4)ーうつ病の症状に気をつける2.ー
'09.01 自殺について(5)ーうつ病の症状に気をつける3.ー
'09.02 自殺について(6)ー原因不明の身体の不調が長引く場合ー

 

2007.10 
職場でのストレスとこころの病(1)
 

 

はじめに
 このコーナーでは職場でのストレスと精神障害というテーマで数回に分けて解説を行う予定です。
 


 現代人は好む、好まないに係らずさまざまなストレスを必要以上に受けています。勿論、適度なストレスは脳を賦活化させ、心身ともに成長させますし、作業能率を上げることはご存知だと思います。しかし、現代は成果主義の導入やリストラによる労働者の減少などにより、仕事量や時間が増えてきており、それにより、身体的にも精神的にも不調を感じる人たちが増加しています。
 ストレスによって生じる精神障害としては以下のものがあげられます。

  1. 心身症
    喘息・リウマチ・アトピー・下痢
  2. 不安障害(神経症)・パニック障害
  3. 睡眠障害
  4. うつ病
  5. アルコール依存症     など

 その結果、連日のように、自殺者の報道記事が新聞などのメディアを通して知らされております。そこまで行かなくても、会社などでの休職者の増加が認められております。それに伴う、労災認定も増加の一方をたどっており、事業所や会社側の責任が問われる時代になってきました。
 労働者のメンタルヘルスの悪化を反映して、平成18年4月1日 改正労働安全衛生法(以下、安衛法)施行に伴い「労働者の心の健康増進のための指針」(以下、改訂メンタルヘルス指針と略す)の発表がありました(労働者50人未満の事業所においては、平成20年4月1日からの適用)。また、以下のような、組織(会社、事業所など)にとってのリスクも生じています。

  1. 民事訴訟リスク、精神障害や自殺に関する労働災害や公務災害の事案の増加
  2. 生産性の低下、製品の品質の低下、顧客からのクレイムの増加
  3. メンタルヘルス対策を十分に行っていない組織では優秀な人材が退め、入社しないなどが考えられます。

 次に、改訂メンタルヘルス指針のポイントをまとめてみました。

  1. 法律に基づく指針となったこと。したがってこれを組織が遵守しないで、自殺などが起きた場合は、その組織は責任を負うことになります。
  2. 一次予防から三次予防(自殺の場合:一時予防は自殺の予防、二次予防は自殺が起きたときの対処方、三次予防は自殺後の他の労働者の精神面でのフォロー)までを含む包括的指針となったこと。
  3. 組織は衛生管理者を含む衛生委員を選出し、定期的に労働者の健康管理のための委員会(衛生委員会)を開催し、その衛生委員会の調査審議事項としてメンタルヘルスが取り上げられたこと。
  4. 労働者が50人以上の組織では健康管理のための産業医を常勤あるいは非常勤で雇わなければなりません。その産業医の職務に「1週あたり40時間を越えて行う労働が1ヶ月あたりで100時間を越え、疲労の蓄積が認められるものであって、面接指導に係る申し出を行った者」に関しては面接指導を追加したこと。
  5. 家族との連携への言及。
  6. 中小規模事業における現状と課題についての言及。
  7. 事業場内メンタルヘルス推進担当者が新設されたこと。
  8. 個人情報保護への配慮。
  9. ライン(職場の上司)による労働者に対するケアの補足。


 次回は、さまざまなストレスによる精神障害の解説の前に、睡眠の重要性について述べさせていただきます。

 

2007.11 
睡眠の重要性
 

 

 加重労働などによって睡眠時間が十分にとれないとうつ病などの原因になることが知られています。したがって、まず、睡眠の重要性についてお話をいたします。なんと、人生の三分の一は睡眠で過ごしています。それでは、睡眠は何のためにあるのでしょうか。人間は普通、日中起きて勉強や仕事などの活動をしています。そのエネルギーは脳、筋肉その他で三分の一ずつ消費されているのです。そのため、夜間は筋肉や脳で使ったエネルギーを回復させるために睡眠が必要なのです。睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があります。レム睡眠は疲弊した脳の、ノンレム睡眠は体の疲労回復に役立ちます。また、ノンレム睡眠は深度1から4までの睡眠の深さの程度であらわされます。数字が多いほど睡眠が深くなっていきます。深度4では成長に必要な成長ホルモンが分泌されます。寝る子は育つといわれていますが、よく寝る子ほど成長ホルモンが分泌され、成長が促進されるのです。子供の成長は夜もたらされます。朝、起きたら体が大きくなっていたということも耳にします。そのことを知っていると、この先人からの言い伝えはかなり妥当性があるように思われます。
 一方、レム睡眠は記憶に関係していると考えられております。日中見た風景は画像として一時的かつ無意識に脳に蓄えられます。レム睡眠で夢を見るときにその画像が再び脳に浮かび上がります。その中で記憶として蓄えるべきものは、今までの記憶と関連して脳に効率的に収まります。まさに、コンピュータのファイルをセーブすることに似ています。その記憶はまず、海馬を含めた大脳辺縁系というところに貯蔵されます。そこが一杯になると古い記憶は前頭葉というところに移ります。人間は他の動物の中では大脳の中で前頭葉の占める割合が一番大きいことが知られています。したがって、記憶力は動物中では一番強力と考えられています。最近、知名度が高くなったアルツハイマー型痴呆では大脳辺縁系の中で海馬というところの萎縮が始まります。したがって、大脳辺縁系に蓄えられている新しい記憶が障害を受け、前頭葉に蓄えられている古い記憶は呼び起こすことが出来るのです。また、酒を飲みすぎると、翌日その時の記憶がとんでいる経験をしたことがある人もおられるでしょう。こういう現象をブラックアウトといいます。アルコールは大脳辺縁系の働きを抑制することが知られています。つまり、レム睡眠も抑制するのです。その結果、記憶を抑制することにより健忘をおこします。アルコール依存症では毎日アルコールを飲むことにより、レム睡眠が慢性的に抑制されたままで、夢が抑えられています。アルコール依存症の人が治療などで飲酒を急にやめて2〜3日すると体の振るえと伴に夜間の不眠や幻覚が認められるようになります。この幻覚はアルコール依存症によって抑えられていた大脳辺縁系の機能が活発化して、病的な夢として現れるのです。

■睡眠不足による体の弊害
 最近、夜遅くまで、勉強やコンピュータゲームに興じて、睡眠時間不足の子供が多くなっていますが、これらの子供たちの成長が心配されております。コンビニの労働者や、タクシーの運転手などのシフトワーカーでは、心・循環器系疾患と消化器系疾患が有意に多いことも知られています。
 健康若年者の睡眠を4日4時間に制限すると

  1. 交感神経緊張が緊張して脈拍数が増加したり、食欲が低下する。
  2. 耐糖能が70台の老人並みに低下して、前糖尿病状態になる。
  3. コルチゾール分泌が亢進して、緊張・興奮状態になるなどの現象が生じます。

 また、一晩の徹夜で最低血圧が10mgHGあがることも知られています。徹夜運転をすると飲酒運転に匹敵するほど作業能率が下がることも知られています。このように、睡眠時間を十分にとらないといろいろな弊害が生じます。

     

    2007.12 
    職場でのストレスとこころの病(2)
    〜不眠症に関して〜
      

    不眠症に関して
     古い統計になりますが、平成9年度厚生白書では1984年から1993年にかけて睡眠障害による外来推計患者は約2・3倍に増加しており、全国の一般住民を対象とした疫学調査でも国民の23%が睡眠による休養が不十分と回答しています。特に、女性で多く、高齢女性では5割を超えるといわれています。
     ごく最近のあるメーカーでの調査をもとにして推計したところ、睡眠障害によるわが国の経済的損失は、年3兆5千億円にも達すると推測されています。アメリカを始めフランスなどの他の先進国でも同様の報告があります。このように睡眠障害者は近年増加の一歩をたどっており、その経済的損失も含めてかなりの社会的問題となっています。

    ■不眠症の原因は
     不眠症の原因には5つのP(Pで始まる単語の最初のアルファベットをとって)があるといわれています。

    1/Physiological(生理学的)
     騒音などの不適切な環境、海外渡航、夜勤や日勤などを交替して行う際などが原因
    2/Physical(身体的)
     身体疾患に伴う苦痛などが原因
    3/Psychological(心理学的)
     急性・慢性のストレスや伴侶を失うなどの喪失体験などが原因
    4/Pharmacological(薬理学的)
     薬物・アルコールなどが原因
    5/Psychiatric(精神医学的)
     うつ病などの精神障害が原因
    また、前記にあげられた原因が認められない場合もあります。

    ■不眠症の種類
     不眠症は、1ヶ月以内(特に1週間以内)に改善する一過性(急性)不眠症と1ヶ月以上続く慢性不眠症と分類されます。不眠症のタイプとしては、

    1. 入眠困難
    2. 中途覚醒
    3. 早朝覚醒
    4. 熟眠感不足
      などがあげられます。

     入眠困難とは寝つきが悪い状態で、一度寝付くと朝までぐっすり寝れるタイプです。
     中途覚醒とは寝つきは良いのですが、入眠後数時間で目が覚めるタイプです。そのまま、朝まで眠れないことが多いタイプです。
     早朝覚醒とは朝早く、目が覚めるタイプです。
     前記のタイプが単一でなく、それぞれが混在して見られることが多いのも現実です。

    ■不眠症の治療
     原因がはっきりしている場合はその原因を取り除くことがまず、第一となります。しかし、原因を取り除く事はなかなか難しいのが現実です。また、たとえ、原因が解決したところで、すぐにもとの状態に戻ることもむずかしいのが現状です。
     まず、一般的にできることは、入眠しやすい状況・状態を作ることが必要です。これを睡眠衛生といいます。具体的には次のことがあげられます。

    1. 就床前2時間は安静を保つ事
    2. 夜間、カフェインを含む飲料は避ける事
    3. 就床前2時間前にぬるま湯に入る事
    4. 12時前には眠ること
    5. 夜間の過度な運動は避ける事
    6. 夜、タバコは吸わない事
    7. 寝酒はしない事
    8. 昼寝は20分間以内にする事
       次回はこの睡眠衛生の1〜8について、細かく解説したいと思います。
     

    2008.1 
    職場でのストレスとこころの病(2)
    〜不眠症の治療/睡眠衛生〜前編
     

     


     前回、一般的にできる不眠症の治療について、入眠しやすい状況・状態を作ることが必要であるとお話しました。これを睡眠衛生といいますが、具体的に示しました8項目について、今回と次回、2回にわたり詳しくお話していきます。


    1. 就床前2時間は安静を保つ事
       精神的、肉体的に興奮した状態にあると、交感神経が興奮して、すぐには、入眠できません。入眠し易くするには、経験上2時間、テレビなどを見ず、静かなやや暗いところで時を過ごすのが良いとされます。室内を暗くすることにより、目に光が入らないので、メラトニンが脳内に分泌され、それが睡眠を促進するといわれています。

    2. 夜間、カフェインを含む飲料は避ける事
      カフェインは覚醒作用があります。コーヒーを飲んでもすぐ眠れるという人がいますが、カフェインの効果が出るのは飲んでから20分以上後です。したがって、コーヒーを飲んだ直後に眠れても何の不思議もないのです。また、その覚醒作用は4時間くらい持続するので、その点に注意を要します。逆に、朝、カフェイン含有飲料を飲む事により、覚醒度を上げメリハリをつけるのが良いのです。

    3. 就床前2時間前にぬるま湯に入る事
       ヒトを含めた高等動物は体温が下がる時に眠気が出てきます。雪山での遭難時には眠るなという叱咤激励の言葉を聴いたことが有るかも知れません。これは、体温の低下が眠りを催し、さらに、それが体温の低下を増強し、死に至るのです。これを利用して入眠したい時間帯の前2時間くらいに入浴します。あまり暑いと体が興奮して逆に寝つきは悪くなります。尚、一日の内で体温が一番高いのは夕方で一番低いのは明け方の前です。寝ている時にはエネルギーを貯めるために使わないように体温を低くしているのです。よく、徹夜をした時に、明け方に寒気を感じるのは
      このためと考えられます。

    4. 12時前には眠ること
       ヒトにはさまざまなリズムがあります。大きく分けると、睡眠覚醒リズムの群と体温リズムの群があります。この、二つのリズムの群はお互いに影響しあっています。体温リズムの群のなかに、ホルモンリズムや自律神経リズムの慨日リズム(サーカディアンリズム)などが含まれています。体温が明け方から上がってきます。それは、あたかも、起きて筋肉や脳が活動しやすいように暖気運転するかのようです。あまり、遅くなって寝ようとしても、起きる活動性が高まるために、なかなか寝付かれません。

    5. 夜間の過度な運動は避ける事
       よく、会社からの帰りにスポーツクラブに寄ったり、帰宅してからジョギングをする人がいます。運動は体に良いのは勿論ですが、これにより、身体の興奮が高まり、運動直後では入眠が難しくなります。運動をしたい人は入眠2時間前には終えるよう、また、軽い運動にして下さい。

    6. 夜、タバコは吸わない事
       入眠前にまず、一服という人がいますが、タバコに含まれるニコチンにはかなり強い覚醒作用があります。ニコチンには同時に血管の収縮作用があり、心臓の血管を収縮させるために動悸が出現したり、心拍数が増加して入眠の妨げになることもあります。かなり強いニコチンを含むタバコを立て続けに吸うと、睡眠薬の効果も消失してしまうことがあります。


     次回は引き続き睡眠衛生について、7.寝酒はしない事、8.昼寝は20分間以内にする事、について、細かく解説したいと思います。

     

    2008.2 
    職場でのストレスとこころの病(2)
    〜不眠症の治療/睡眠衛生〜後編
     

     

     今回は、一般的にできる不眠症の治療について、睡眠衛生(入眠しやすい状況・状態を作ること)の具体的項目説明の後編です。前回と合わせてご覧下さい。


    7. 寝酒はしない事
     外国では夕食の後にウイスキーやシナップスのびんに付いているキャップの一杯分を楽しんでゆっくりと夜の時間を楽しむ事をナイトキャップといいます。それが日本語訳で寝酒になってしまったようです。日本でいう寝酒とは寝る目的のためにアルコールを飲むことをいいます。
     アルコールには催眠作用がありますが、依存性(耐性)が強く、眠気を催す量は徐々に増えてゆきます。アルコールによってもたらされる睡眠は自然の睡眠と異なります。
     睡眠には脳を休めるノンレム睡眠と体を休めるレム睡眠があります。アルコールはレム睡眠を抑制し、ノンレム睡眠を浅くさせます。慢性的(毎日)アルコールを摂取していますとレム睡眠は抑制されたままです。つまり、夢はレム睡眠で多く見られますので、夢は抑制されたままです。
     アルコール摂取を休に止めますと、抑えられていたレム睡眠が異常に出現します。それが、アルコール休止後に現れる離脱症状です。具体的には手の震えと伴にカラーの小さな虫が天井にうじゃうじゃといるような幻視といった現象(異常な夢)が認められます。
     また、アルコールは脳の辺縁系という感情と記憶を司る部位を抑制させます。したがって、アルコールを多く飲みますと記憶の一部が失われます。この経験をなさった方は少なからずおられると思います。さらに、アルコールは神経毒があり、肝臓や脳の細胞を死なせてしまいます。その結果、肝硬変や脳の萎縮に伴う認知症(痴呆)がおきます。また、けいれんをおこしやすくさせ、てんかんになる場合もあります。
     そして、アルコールは寿命をJカーブに変化させると調査でわかっています。つまり、全く飲まないよりは少量で寿命を長くさせ、多く飲むと短命になります。その、少量とは厚生労働省の指針によりますと、一日量でアルコール20g、具体的にはビール中びん1本、日本酒で1合、ウイスキーでダブル1杯、焼酎35度で1/3杯とされています。果たして、あなたはそれで満足できますか? ちょっと飲むと量を抑えられないのが現状ですね。アルコールの専門家の方の中には、毎日飲むのではなく、飲む日数を減らす事の方が楽なので、その方法を薦めています。

    8. 昼寝は20分間以内にする事
     寝ないでいると、その時間が長い程、眠たくなることが強くなります。これを睡眠圧が上昇するといいます。したがって、昼寝を多くとってしまいますと、睡眠圧が減少し、夜寝付きが悪くなります。その時間は一般的には20分くらいといわれています。 
     ヨーロッパの国、特に、スペインなどの日中暑い国ではシエスタといった昼寝をとる習慣があります。気候風土に応じた習慣ですが、やはり、現代のスピード化された時代には合わなくなり、その習慣は減少しつつあるようです。


     以上、簡単にご自分で出来る睡眠の改善方法について、2回に分けて解説いたしました。次回は、治療法の続きを解説いたしましょう。
     

    2008.3 
    職場でのストレスとこころの病(3)
      〜睡眠薬について〜
     

     

    今回は、睡眠薬についてのお話をさせていただきます


     まず、知っていただきたいことは、入眠剤と睡眠薬が違うものとおもわれておられる方がおおいようですが、睡眠を催すものは皆、睡眠薬です。また、精神安定剤の中で、催眠作用が強いものも睡眠薬として用いる場合もあります。
     睡眠薬の歴史は1985年のブロム剤の発見に始まります。この薬は今ではもう使用されておりません。1990年代になり、バルビツレート酸系睡眠薬(これは第一世代の睡眠薬と呼ばれている)や尿素系睡眠薬が開発されましたが、依存などの不都合な作用などから常用はされなくなっています。しかし、不眠症の種類によってはかなり有効な睡眠薬でもあります。現在は、べンゾジアゼピン系睡眠薬が第二世代の睡眠薬とよばれ、広く使われています。依存性が少なく自殺目的のために多量服薬しても危険性が少ないのが特徴です。最近は、べンゾジアゼピン系睡眠薬の短所(筋肉の弛緩作用やレム睡眠薬の抑制)を減弱化した非べンゾジアゼピン系睡眠薬なども開発されています。不眠症の薬物治療の選択肢が増えており、ありがたいことです。
     精神科の外来では睡眠薬を処方しようとすると、睡眠薬を連用すると認知症(痴呆)になるので、服用したくないという患者さんがおられます。それに対しては何の根拠もありません。巷間の根も葉もない噂に囚われないでいただきたいものです。睡眠薬は脳細胞の受容体という所にくっついて作用します。脳細胞そのものにダメージを与えるものではありません。したがって、脳細胞を減らして認知症(痴呆)に至るものではありません。一方、アルコールは脳細胞そのものに作用し脳細胞を壊死させ、脳を萎縮させて、認知症(痴呆)をおこさせます。それと比較しなくても、現時使用されている睡眠薬は安全性が高いものです。心配することはありません。
     しかし、睡眠薬にも副作用がないとは完全には否定できません。そのひとつに筋肉の弛緩作用があります。症状としては、ふらつきなどが出る場合があります。夜間トイレに行くときに転倒の危険性もあります。最近はその副作用を防ぐために、筋肉の弛緩作用がほとんどない睡眠薬が開発され用いられています。専門的にはω(オメガ)1受容体に親和性の強い睡眠薬といいます。また、副作用のひとつには、健忘作用が知られていました。アルコールとの併用や、多量に服用することによって一過性に健忘が認められることがありますが、その健忘は一過性で後遺症は残りません。医師から指示された普通の使用量では、まず問題はありません。
     また、睡眠薬の効果にも誤解されているところがあります。テレビドラマなどで見かけることがありますが、どんな状況でも睡眠薬を飲めばすぐに眠れるとおもわれているようですが、そんなに強力な睡眠薬はありません。睡眠薬を用いて眠れる時間は、元来その人が寝ている時間しか眠れません。普段6時間寝ている人は睡眠薬を用いて寝ても6時間で目が覚めてしまいます。欲張って、若い時の様に、10時間はぐっすり眠りたいといっても無理なのです。つまり、睡眠薬はその人が持っている睡眠覚醒リズムを強化するものと考えてください。睡眠薬を使用する事に際しては医師のアドバイスを絶対に守ってください。効かないからといって勝手に増量などはしないでください。

     睡眠薬の処方には一定のきまりみたいなものがあります。寝つきが悪い場合は分解
    ・代謝が速い睡眠薬を選びます。睡眠途中で目が覚める場合は分解・代謝が、寝付きの悪いときに用いる睡眠薬より長い睡眠薬を選びます。朝早く目が覚める場合は睡眠途中で目が覚める場合に用いる睡眠薬より分解・代謝が長い睡眠薬を選びます。また、日中、不安があるような場合には、さらに分解・代謝が長い睡眠薬を選び、朝になっても残っている効果で日中の不安を弱めます。
     睡眠薬はいつまで服用するかについても多くの方が知りたい事でしょう。急性のストレスなどや時差ボケなどによって一過性に生じた不眠症は、睡眠薬を用いてもすぐに中止することが可能です。しかし、慢性の不眠症の方はなかなか睡眠薬をやめることは難しいのが現状です。ここで依存ということが問題になります。従来は逆耐性依存が睡眠薬の問題でした。具体的には徐々に睡眠薬の量を増やさないと効果がなくなるという現象のことです。しかし、現在用いられている睡眠薬はその現象はほとんどありません。したがって、睡眠薬を長期に服用しても効果が弱くなることはありません。安心して長期服用しても大丈夫です。最近、アメリカでも長期投与の許可された睡眠薬が認められつつあります。睡眠薬は人間が生活の質を改善するために開発した道具です。その道具をいかにうまく使うかによります。

     

    2008.4 
    職場でのストレスとこころの病(4)
      〜過眠症について1.〜
     

     

     今までは眠れないという睡眠障害、つまり不眠症についてお話してきました。今回は、逆に眠りすぎる睡眠障害、つまり過眠症についてお話しましょう。


     「ナルコレプシー」という病気があります。喜んだり悲しんだり、強い心の動揺などで、突然、発作的に眠りに陥る病気です。昔の物語に出てくる眠り姫はその例だといわれています。筋力の低下を伴うために座っていても机に顔をぶっつけてしまい。怪我をしてしまうこともあります。この原因としては、レム睡眠が睡眠発作と伴に出現することが知られております。また、脊髄の中に液体があります。それを、髄液といいます。ナルコレプシーの患者さんではその髄液の中のオレキシンいうホルモンの減少が認められることも知られています。このオレキシンはその役割がよくわかっておりませんが、ナルコレプシーの出現と深い関係があることが推測されております。ごく最近、モダフィニールという薬が日本でも認可されました。効果を期待しております。
     数日、あるいは数週間寝たままの状態が続く病気があります。その間、トイレに行ったり、食事を摂ったりはするのですが、あとでその間の記憶がありません。なかには、過食、性欲の亢進、精神的不安状態、錯乱や幻覚を持つ場合もある特殊なものもあります。こういう病気を「反復性過眠症」といいます。
     また、女性では生理の間、眠気が強くなる場合もあります。これを、「月経関連過眠症」といいます。
     「行動惹起性不十分睡眠症候群」という過眠症があります。ずいぶん難しい名前ですが、残業などで絶対的に睡眠時間が不十分な場合や、夜遅く帰るので、すぐには寝付かれず睡眠時間が十分に確保できない場合。また、睡眠衛生や慨日リズム睡眠障害(別の機会で説明いたします)や物質による睡眠障害にも係ることでありますが、夜間にたばこなどを多く吸うために覚醒度が増し、すぐには入眠できません。休日における、日中過剰な昼寝、不規則な就床時間や起床時間も原因のひとつとなり、昼間に強い眠気が出現することです。これらの場合には職場での勤務形態や生活習慣を変更しない限り、特別な治療方法はありません。
     過眠症とよく間違えられるものとして「長時間睡眠者」という病気があります。この病気は睡眠時間毎日10時間以上必要とするものです。したがって、夜間の睡眠時間で足りない分は日中の仮眠で補わなければなりません。

     今回は直接的な原因で過眠症がおこる場合を解説いたしましたが、次回からは、夜間の睡眠障害が原因で日中の過眠症がおこる場合を解説いたします。

     

    2008.5 
    職場でのストレスとこころの病(4)
      〜過眠症について 2,〜
     

     

     前回は直接的な原因で過眠症がおこる場合を解説いたしましたが、今回からは、夜間の睡眠障害が原因で日中の過眠症がおこる場合を解説いたします。


     アメリカのスリーマイル島の原子力発電所の事故、チェルノブルイの原子力発電所の事故、スペースシャトル・チャンレンジャー号の爆発事故やアラスカ沖のタンカーの座礁事故などは、乗務員の睡眠時無呼吸症候群による睡眠不足が過眠をひきおこし、事故の原因となったことが推測されています。また、日本でも西日本旅客鉄道での居眠り運転も同様とされています。睡眠時無呼吸症候群による日中の眠気や注意力の散漫によって、交通事故や産業事故などはかなりの件数に上る事が指摘されています。
    ■睡眠時無呼吸症候群とは
     まず、睡眠時無呼吸症候群について解説します。
     睡眠時無呼吸症候群とは睡眠中に呼吸が止まったり、呼吸が浅くなったりして苦しくなり、睡眠が妨げられる状態でのことです。その結果、睡眠不足で日中に眠くなり、さまざまな生活に不都合がおこることになります。
     睡眠時無呼吸症候群には、脳からの呼吸の指令が来なくなり呼吸が止まる中枢性と気道(空気の通る道)などが閉塞して呼吸が止まる閉塞性の睡眠時無呼吸症候群に大きく分けられます。後者の「閉塞性睡眠時無呼吸」の方が多くみられます。
     肥満などで気道が狭くなると空気が通るのに抵抗が大きくなります。その結果呼吸が苦しくなります。夜間ではそれがいびきとなってあらわれます。また、アルコールを飲んだ日にもいびきは大きくなります。
     これを放っておくと、高血圧などの心血管系の病気になることが知られています。これは、睡眠時無呼吸によって血中の酸素濃度が低下するために心臓から肺への血液量を増加させ酸素濃度を高めようとします。その結果高血圧になります。実際、睡眠時無呼吸を治療していますと高血圧が改善することがあります。また、糖尿病を含めた生活習慣病にもなりやすいことも知られています。

     

    2008.6 
    職場でのストレスとこころの病(4)
      〜過眠症について3.〜
     

     

     前回に引き続き、夜間の睡眠障害が原因で日中の過眠症がおこる場合を解説いたします。
     
    ■朝起きれず学校や会社に行けない。
     概日リズム(サーカディアンリズム)の異常が原因のときには、地球の自転に体の睡眠覚醒リズムが合わされなくなり、望むべき時間帯に寝付かれず、覚醒できない状態になります。それを、概日リズム睡眠障害といいます。なかでも、入眠時間と覚醒時間が遅れる障害を「睡眠相後退症候群」といいます。
     具体的には、なかなか入眠できず一定の時間(8時間など)寝ないと覚醒しません。朝、周りの人がどんなに起こそうとしても覚醒せず、たとえそれに対して反応してもあとでその事を尋ねても記憶がなく、時にはあたかも反抗するかの如く物を投げるなど暴力行為を呈することがあります。もうろう状態に近い意識障害の状態です。このために、出社や登校が困難になることがあります。
     この「睡眠相後退症候群」に対する治療法には2千500〜3千 lux(ルックス)の白色光を用います。これを高照度光療法といいます。朝、覚醒したい時刻の1時間前に照射します。その他の治療法としては毎日入眠時間を1時間ずつずらしていきます。これを時間療法といいます。超短時間作用型の睡眠薬を望むべき入眠時間前に投与する薬物療法もあります。また、時間療法と併用することもあります。ビタミンB12 (メチールコバラミン)を1日量1.5〜3mgを分三で投与し効果的なことがあります。
     最近では、メラトニンの有効性が諸外国から報告され、日本でも全国的なレベルでのメラトニンの効用の研究の有効性が報告がされています。2005年7月にアメリカでメラトニン受容体作動薬が上市されており、日本でも現在治験がおこなわれています。入眠時刻や覚醒時刻が早まるのを「睡眠前進退症候群」といいますが、これはあまり社会生活に支障をきたしません。
     ある日はほとんど寝ていたり、ある日は起きていたりして不規則な睡眠覚醒リズム障害を呈するものを「不規則睡眠・覚醒型(不規則睡眠覚醒リズム)」といいます。
     一般人の日常の生活リズムは地球の自転の24時間に合わせており、これを同調作用というが、この状態はあたかもその同調作用が働かず、人間の持っている固有のリズムで睡眠・覚醒リズムが出現します。実際、感覚を遮断した状態で自由に生活させるとほぼ半数の人は、24時間の概日リズムではなく25時間やそれ以上の概日リズムを呈します。この障害のために、出社や登校が困難になることがあります。これを、「フリーラン型(非同調型)」といいます。
     「時差型 (時間ボケ症候群)」は、ほぼ1週間で回復します。時差が2時間以上だと時差ボケが生じます。サンフランシスコから成田といった西行旅行の方が、成田からサンフランシコに飛ぶ東行旅行より、時差ぼけはおこりにくいのです。したがって、世界旅行の際には西周りの方が体に良いとされます。
     タクシー運転手や看護婦などのシフトワークによって生じる睡眠覚醒リズム障害は「交代勤務型」といい、治療には「睡眠相後退型」に準じますが、数日に1日は朝起きて夜間は寝る普通の睡眠・覚醒パターンをおくることが体には良いとされています。

     

    2008.7 
    睡眠に伴って出現するさまざまな症状 
     

    今回は睡眠に伴って出現するさまざまな症状についてお話いたします。
     覚醒(ノンレム睡眠からの)をするときに障害を起こすものとして、目覚めたときにわけが分からなくなることがあります。この状態を錯乱性覚醒といいます。また、睡眠時にがばっと起きて歩きまわり、そしてまた寝てしまうことがあります。これを睡眠時遊行症といいます。そして、睡眠中、突然大きな声をあげることがあります。これを夜驚症といいます。これらに対しては睡眠の質を良くする薬を用います。
     夢をみているときの睡眠をレム睡眠といいます。通常レム睡眠を伴う睡眠時に起こる障害として、レム睡眠中にみる夢に従ってあるいは影響されて、異常行動を呈することがあります。これを、レム睡眠行動障害といいます。そして、夢をみていて、それに従ってあるいは影響されて行動しようとするのですが、体が動かない状態、いわゆる金縛り状態になることがあります。これを反復性孤発性睡眠麻痺といいます。また、夢にうなされることがありますが、これを悪夢といいます。これらに対しては異常レム睡眠を抑制させる薬を用います。
     他の睡眠時に伴う障害には睡眠中に覚醒し、ヒステリー症状を起こす睡眠関連解離障害があります。また、寝ているときにおしっこを漏らしてしまうのを睡眠時遺尿症といいます。前出の夜驚症は夢がらみですが、そうではなく、睡眠中にうなり声をあげることがあります。これを睡眠関連唸り声といいます。睡眠中に頭の中で爆発音がして飛び起きることもあります。これを頭内爆発音症候群といいます。人によっては睡眠中に実際には存在しない人の姿や物が見えたり、声や物の音が聞こえることがあります。これを睡眠関連幻覚といいます。睡眠中に本人も気づかずに何かを食べていることがあります。朝、冷蔵庫のものがなくなっていることや、食べ物の残りかすや包装紙で気づくことがあります。これを睡眠関連摂食障害といいます。
     勿論、日常の治療薬や依存物質や精神障害によって生ずる睡眠時に伴う障害もあります。睡眠時遺尿症に対しては特別な装置を用いて生じさせない方法があります。それ以外の睡眠時に伴う障害については、原因が明確な場合はそれを取り除くことがまず行われます。それでも改善されなければ睡眠の質を良くする薬を用います。
     次回は、睡眠と関連した異常行動(運動障害)について解説します。

     

    2008.8 
    睡眠と関連した異常行動(運動障害)について 
     

    今回は、睡眠と関連した異常行動(運動障害)について解説します。
     寝付こうとすると、脚の裏あたりがなんとも言いようのない灼熱感やむずむずという感じがして寝付かれず、起き上がって歩きまわり、その異様な感じがおさまって、また寝付こうとしても同様のことが起こりなかなか寝付かれないことがあります。一般の人にも結構見られますが、腎透析をしておられる方に特に多く認められます。これをむずむず脚症候群といいます。
     睡眠中に頻繁な体のピクツキ(律動的な動き)で目が覚めてしまうことがあります。これを周期性四肢運動障害といいます。また、睡眠中に脚の裏がつって痛い想いをして目が覚めることがあります。外国に旅行する際によく起こす人がいますが、これを睡眠関連脚こむらがえりといいます。一方、睡眠中にはぎしりをする人がいます。これを睡眠関連はぎしりといいます。 リズミックなピクツキではなく、大きなゆっくりとした動作が睡眠中にみられることがあります。それによって、睡眠が妨げられます。これは、睡眠関連律動性運動障害といいます。
     日常の治療薬やその他の薬物や内科疾患による睡眠関連運動障害があります。睡眠時に伴う障害については、原因が明確な場合はそれを取り除くことがまず行われます。それでも改善されなければ睡眠の質を良くする薬を用います。特に、むずむず脚症候群や周期性四肢運動障害にはよく効く薬が知られています。睡眠関連脚こむらがえりにはバナナが良いということも聞きます。

     他に、精神障害による睡眠障害も多く認められます。
    *うつ病による睡眠障害
     うつ病に伴う睡眠障害は入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒やそれらが混在した形で出現します。睡眠障害がうつ病の前駆症状なのか、その症状のひとつなのか鑑別が困難なときがありますが、睡眠障害が認められる場合は、一応うつ病を疑うべきです。うつ病の治療が必要です。

    *パニック障害による睡眠障害
    パニック障害とは、急に不安になり過呼吸症状や呼吸困難を呈する障害です。日中のみならず、夜間にも見られます。
    そのときには一度目を覚ましてから、不安状態になります。

     

    2008.9 
    自殺について(1)
     

     

     今回は暗いお話になりますが、自殺について触れたいとおもいます。
     昔は自殺がよく知られている場所としては、高島平団地でした。現在は外廊下の開いているところに柵を張りめぐらせるなどの自殺防止対策が進んだため、「自殺の名所」とは呼ばれなくなっています。また、早稲田大学理工学部大久保キャンパス51号館も有名でした。完成当初は東京一の高層ビルだったために飛び降り自殺が多かったのですが、現在、合格発表はインターネットや電話による方式なので、不合格した直後に飛び降り自殺をすることは少なくなっています。他に、日本国内にある自殺の名所は、富士山の青木ヶ原樹海、高知の足摺岬、日光の華厳の滝、福井の東尋坊、虹の大橋(神奈川県道64号伊勢原津久井線の途中、宮ヶ瀬湖に架かる逆ローゼタイプのアーチ橋で、地元では相模原のレインボーブリッジと呼ばれたりしています)。三段壁(さんだんべき、和歌山県西牟婁郡白浜町の景勝海岸)、ヤセの断崖(松本清張の小説『ゼロの焦点』の舞台として映画やテレビドラマに登場し、有名になりました。海面からの高さが35mもある断崖で、石川県にあります)。そして、我々の生活に非常に密着している中央線快速があげられます。とくに、新宿から中野にかけて多くみられましたが、最近は中央線のいろんなところでみられるようになりました。外国では、自殺の名所といわれるところは私の知る限りではありません。日本人の集団行動嗜好傾向のせいかもしれません。
     自殺者数は小泉内閣が誕生してからここ9年間、毎年、3万人を超えています。2004年の世界の自殺率の統計をみますと、日本は10位になります。日本より上位の国は旧ソビエト連邦に属していた国とハンガリーがあります。いわゆる発展国では日本が最上位です。実に不名誉なことです。政府は年間の自殺者数を2万人台にさせようと自殺撲滅運動をやっと開始しましたが、遅きに失したという感を否めません。この2万人台という数字は3万人台になる前はしばらく2万人台であったということで、何の根拠もありません。交通事故の死者数は年間9千人台ですので、それに比べてもはるかに多いとおもいます。現に、フィンランドは以前、日本より自殺率が高かったのですが、国をあげて早くから自殺撲滅運動に取り組み、日本より自殺率が急速に減少しました。
     自殺者の内訳を見ますと、30代から40代の働き盛りの男性に多いのが外国に比べて特徴的です。自殺の原因は必ずしもひとつとは限らず、いろいろな要因が考えられますが、職業に関連した要因が大きいことが推測されます。3万人強のなかで約7千人あるいは9千人の方々が、この要因で亡くなっていると考えています。具体的には過重労働(働き過ぎ)による疲弊状態、職業や職場環境や人間関係が合わないことによる適応障害および失業などから生じたうつ状態やうつ病です。
     自殺者の8割はなんらかの医療機関を訪れています。9割の方は、食欲不振や胃腸の調子が悪いなどの訴えで内科に、頭痛などで脳外科に、腰痛などで整形外科に、生理不順などで産婦人科などを受診し、検査を受けて異常なしといわれてそのまま帰宅させられています。精神科や診療内科に最初から受診した方は1割ほどです。うつ病の8割はなんらかの身体症状を持っています。最初から、精神科や診療内科を受診していれば、悲惨な結末を避けられたかも知れません。

    次回は過重労働と産業医について、お話します。

     

    2008.10 
    自殺について(2)
    ー過重労働と産業医ー
     

     

     今回は過重労働と産業医のお話です
    ■過重労働について
     過重労働によって心筋梗塞や脳梗塞などがおこることが知られています。最近は、これらの身体的な疾患にほぼ匹敵するうつ病やうつ状態などの精神障害が見られるようになりました。極端な例は自殺に至ります。これらの精神障害数は毎年増加の傾向にあります。そして、過重労働によっておこる身体的疾患あるいは精神障害については労働基準局に訴えることによって労働災害として認められることが多くなりました。特に、精神障害に関してはかなり理解されるようになってきています。そこで、過重労働に関しては、厚生労働省が本年の4月から、「月に100時間の労働時間や3ヶ月平均で月60時間を越える場合は、産業医(医師でもよい)の面接を希望すれば受けられること」とし、事業所はそれに応じる義務が課せられるようになりました。当初、労働者が50
     人以上の事業所に義務付けられていましたが、平成20年からは労働者50人未満の事業所にも義務付けられようなりました。

    ■産業医とは
     厚生労働省は労働者の健康を守るために、労働者1千人以上の事業所は常勤の産業医をおかなければなりません。50人以上1千人未満の事業所は選任(常勤でなくてもよい)の産業医をおく事になっています。選任の労働基準局への届出は義務とされ、守らなければ罰則規定があります。50人未満の事業所に関しては数箇所の事業所で産業医を選任することを勧めています。その際には各都道府県にある産業保健推進センターから資金の援助がうけられます。産業医の業務としては作業環境管理、作業管理、健康診断があります。
     健康診断について少し説明申し上げます。その他の管理業務についてはご希望あれば、別の機会に説明申し上げます。健康診断は事業所で毎年おこないます。その項目については細かく定められています。特殊な事業所では、項目をその事業所にあわせて付け加えられます。そしてその健康診断の実施および結果を判断をして各労働者に知らせなければなりません。また、異常がある場合は事業所の責任者に連絡して対応を考えなければなりません。異常の割合は所属する労働基準局に報告する義務があります。 
     最近は、先に述べました過重労働者の面談も必要となりました。この面談の方法も定められています。メンタルな面での必要性が高まっておりますが、産業医は元来精神医学の知識を必要とされているものの、現実的にはかなり無理があります。そこで、精神科医の協力も不可欠になっております。大きな事業所ではすでに精神科医が選任でいます。また、産業医学的知識を持った精神科医も少なく、大体全国で1千人位しかおりません。尤も、精神科医の絶対的人数も少ない(全国で1万2千人位)のが現状ですが、昨年は各都道府県産業保健推進センターで、本年からは財団法人産業医学振興財団の後援のもとで、精神科医対象に産業医学の講習をおこなっています。私もその任の一端を担っております。

    ■自殺予防の10箇条
     さて、本来の自殺についてお話を続けたいと思います。日本医師会では自殺防止のために下記のように自殺防止のために「自殺予防の10箇条」をつくりました。

    1. うつ病の症状に気をつける
    2. 原因不明の身体の不調が長引く
    3. 飲酒量が増す
    4. 安全や健康が保てない
    5. 仕事の負担が増える、大きな失敗をする、 職を失う
    6. 職場や家庭からサポートが得られない
    7. 自分にとって価値あるものを失う
    8. 重症の身体疾患にかかる
    9. 自殺を口にする
    10. 自殺未遂に及ぶ
       

    次回よりそれぞれについてお話します。

     

    2008.11 
    自殺について(3)
    ーうつ病の症状に気をつける 1.ー 

    前回お伝えした「自殺予防の10箇条」をそれぞれ順番にお話します。

    ■1.うつ病の症状に気をつける 

    ★うつ病とは
     生涯有病率といって一生の間に罹る率ですが、女 10〜25% 男 5〜12%あります。女性に多いのが特徴ですが、働き盛りには男性の発症が目立ちます。また、重症の身体疾患患者のうつ病の率は20〜25%とかなり高くなります。よく病気を苦にして自殺したという話はご存知でしょう。うつ病は治療を受ければかなり良くなる病気であるのに、治療を受けていない人が非常に多いのが現実です。典型的なうつ病は薬によく反応してよくなります。逆にいうと、薬なしでは治療は難しいと考えてください。
     さて、うつ病の症状ですが、体や脳のエネルギーが低下した状態と考えてください。以下、症状をまとめてみました。

    【自分で感じる症状】
     憂うつ、気分が重い、気分が沈む、悲しい、イライラする、元気がない、集中力がない、好きなこともやりたくない、細かいことが気になる、大事なことを先送りにする、物事を悪いほうへ考える、決断が下せない、悪いことをしたように感じて自分を責める、死にたくなる、眠れない
    【周りから見てわかる症状】
    表情が暗い、涙もろい、反応が遅い、落ち着きがない、飲酒量が増える
    【身体に出る症状】
    食欲がない、便秘がち、身体がだるい、疲れやすい、性欲がない、頭痛、動悸、胃の不快感、めまい、喉が渇く

     以上の症状がみられたら、うつ病を疑って専門医のところに受診して下さい。
     専門医の件ですが、現在、心療内科あるいは神経科または精神科が主な窓口になっております。両者はどう違うのかとよく質問を受けます。元来、心療内科というのは内科の一領域で、ストレスが原因で身体症状を起こすもの、たとえば、神経性十二指腸潰瘍とか喘息、あるいは蕁麻疹などを治療の対象としていて、うつ病などの精神障害に関しては治療の対象外でした。しかし、精神科というと敷居が高いために、精神科医でも心療内科を看板に出すようになってきました。また、神経科は精神科医が看板を出しているところがほとんどですが、時に、体を診る神経内科を意味することもあります。こういったことにより、混乱を生じることがあるのも事実です。どうかこの点に、ご留意ください。

     

    2008.12 
    自殺について(4)
    ーうつ病の症状に気をつける 2.ー 

     

     「自殺予防の10箇条」の「@ うつ病の症状に気をつける」について、先月の続きです。
    ★うつ病にならないために
     うつ病になってしまったら精神科医に受診して治療を受けることになるのですが、大切なことは、うつ病にならないように予防することです。以下、うつ病の予防法を羅列してみました。
    〜孤立しない人間関係とともに
           自分だけの時間も持つ〜

    1. 優先順位をつけられるか? 10のうち2つできれば90%の出来と考える。いつも全力投球していないか?
    2. 重要度の高くない事柄に追われて、日常生活を忙しくしていないか?
    3. 何が大事で何に手を抜けるか?
    4. 無駄な時間を無駄に過ごす能力も必要。
    5. 健康な諦観努力してもできないこともある。
    6. 原因不明の身体症状が続いたら精神科受診を。

     ここで、重要なポイントは真面目で几帳面な性格がときによってはマイナスの方向性に働くということです。つまり、融通がきかないことがうつ病の発症に関与することです。

     一般的には、やらなければならない物事がいくつかあったときに、まず、一番重要なことからやり始めます。あまり、重要でないことは後回しにします。時には、あまり重要でないことは忘れてしまうかもしれません。真面目で几帳面な性格の人の中には、それができず、端から始めて全部をやろうとして(順位づけができない)収拾がつかなくなり、ストレスが過剰になり、うつ状態やうつ病になる可能性があります。 
     余談ですが、ここでいう、うつ病とうつ状態との違いは、うつ病はうつ症状を示す原因がうつ病であること、うつ状態とは他の精神障害によってうつ症状が認められたり、うつ病というほどでない程度のうつ症状が出現していたり、その原因がはっきりしないことをいいます。
     こういう真面目で几帳面な性格の方には、認知療法や教育が必要となります。うつ病の認知療法とは、物事を捉えるときに何故、順位づけができないのか、できないことの原因はどこにあるのかをわかっていただくことです。つまり、ものの捉え方を修正することにあります。教育とは、いくつかの仕事や物事を行うときに、順位づけをすることを教えることです。

     

    2009.01 
    自殺について(5)
    ーうつ病の症状に気をつける 3.ー 

     

    ★うつ病になったら
    うつ病になってしまった場合には治療が必要です。まず、ストレスから遠ざける必要があります。職場が原因の場合は休職して療養に専念することも必要です。前回お話したように、うつ病とは脳のエネルギーが減少あるいは枯渇した状態です。したがって、エネルギーを使うのではなく貯めることに専念すべきです。具体的には何もせず、ごろごろすることをお勧めします。周りからは怠けているように見えますが構いません。症状が強いときには、入院して治療することになりますが、入院治療は外部からのストレスをさけ、十分に休養できるメリットもあります。
     薬物療法も同時に開始しなければなりません。うつ病に用いる薬物を抗うつ薬といい、1950年代から用いられています。効果はかなりあったのですが、口渇や便秘といった副作用が強く認められることもあ
     り、服用が続かないことがしばしばありました。最近は、副作用の少ない抗うつ薬が開発され世界中で広く使用されております。SSRIとかSNRIとかいわれている薬です。うつ病は脳内におけるセロトニンあるいはノルアドレナリンの異常と考えられています。SSRIはセロトニンだけを増加させ、SNRIはセロトニンとノルアドレナリンの両者を増加させて、うつ病を改善させる薬物です。その他の脳内伝達物質(ドーパミン、アセチルコリン、ヒスタミンなど)に影響を与えず、その分、副作用の出現が少ないのです。
     そして、症状の改善が認められた段階で認知療法や教育も効果があります。うつ病を含む精神障害については、症状が改善しても治癒とはいいません。寛解という言葉を用います。精神障害は慢性のことが多く、一度よくなっても再発する可能性が高いためです。うつ病のなかにも再発するものが多く、再発するごとに再発しやすくなるという事実があります。これを我々は再燃現象といいます。また、うつ病がよくならず慢性化することもあります。したがって、アメリカ精神医学会のうつ病治療のガイドラインには、うつ病の治療の原則は「改善した薬物を用いてそのままの量でできるだけ長く用いる」と記載されています。
     また最近、高齢者のうつ病患者は認知症に移行しやすいという報告もあります。症状が改善するとすぐに薬を止めがちですが、うつ病の治療に関してはきちんとした方がよりよい結果をもたらすと考えます。

     

    2009.02 
    自殺について(6)
    ー原因不明の身体の不調が長引く場合ー
     
     

     以前お伝えしましたが、日本医師会で自殺防止のためにつくった「自殺予防の10箇条」は次の通りです。

    1. うつ病の症状に気をつける
    2. 原因不明の身体の不調が長引く
    3. 飲酒量が増す
    4. 安全や健康が保てない
    5. 仕事の負担が増える、大きな失敗をする、 職を失う
    6. 職場や家庭からサポートが得られない
    7. 自分にとって価値あるものを失う
    8. 重症の身体疾患にかかる
    9. 自殺を口にする
    10. 自殺未遂に及ぶ

      これまで「1. うつ病の症状に気をつける」についてお話してきましたが、今回より次に進みます。


      2. 原因不明の身体の不調が長引く場合
       これは以前、自殺のところやうつ病の身体症状のところで触れましたが、再度お話いたします。
       うつ病患者さんの約8割は何らかの身体症状を持っています。多いのが、胃のあたりが気持ち悪い、食欲がない、胸焼けがする、吐き気がするといった胃腸症状です。内科などで胃カメラ検査しても何ともないと言われます。また、37度台の微熱が続くことがあります。血液検査をうけても何ともないと言われます。腰痛、背部痛がして整形外科を受診しても、レントゲンやCTやMRI検査をしても、何ともないと言われます。頭痛も多く認められます。脳外科や神経内科を受診して、CT、MRIや脳波の検査をしても、何ともないと言われます。また、女性の場合は生理不順などの生殖器障害を疑って、産婦人科に受診し検査を受けますが、何ともないか年齢によっては更年期障害と言われるときがあります。以上の場合は、うつ病も疑ってください。 
       昔は、精神症状が隠れて、身体症状が目立つうつ病は仮面うつ病≠ニ言われましたが、現在はその診断名は使いません。医師がうつ症状に気づいていないだけのことです。