絵本・児童書専門古書店
『 グリム書房 』
東林間5-11-7 東林間駅西口徒歩2分
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2004.9◆児童文学の始まり〜イギリス篇〜
2004.11◆児童文学の始まり〜イギリス篇2〜
2005.01◆児童文学の始まり〜イギリス篇3〜  
2005.03◆児童文学の始まり〜イギリス篇4〜 
2005.05◆児童文学の始まり〜イギリス篇5〜  
2005.07◆児童文学の始まり〜イギリス篇6〜
2005.09◆児童文学の始まり〜イギリス篇7〜
2005.11◆児童文学の始まり〜フランス編1〜
2006.01◆児童文学の始まり〜フランス編2〜
2006.05◆児童文学の始まり〜フランス編3〜

2006.07◆児童文学の始まり〜フランス編4〜

2004.9

 ◆児童文学の始まり
       〜イギリス篇〜
  いわゆる児童文学というジャンルの読物が出てきたのは1744年、ジョン・ニューベリーという人がロンドンで開いた子ども専門書店が始まりといわれています。それまでは世界中どこにも児童書を出版するという発想がなかったのですね。その本屋さんは、今まで大人だけの楽しみだった読書を子ども達にも…と思ったのでしょう。当時の書物はとても立派な装丁で大きかったのを、子どもが手に持って読めるようなポケットサイズに作り直したりして出版を始めました。
 その多くが昔話だったりマザーグースのようなわらべ唄でしたが、中には当時の流行作家に書き下ろしてもらったりしていたそうです。
 では、ニューベリー書店が出来る前は、子どもたちは本を読まなかったかというと、そんなことはなくて大人の本棚から勝手に面白そうな本を持ち出してきては読んでいたそうです。(こういう時、英語は便利です。知らない単語や言い回しの難しさはあっても、なんとか読むことは出来そうです。日本では戦後、大人向けの本の漢字にルビを振らなくなったことが、逆に子どもの読書の選択が狭まってしまった一因になったような気がします。)
 そんな中に、ジェイムズ・ジャコブスの「イギリス童話集」、ジョン・バンヤンの「天路歴程」、デフォーの「ロビンソン・クルーソー漂流記」、スウィフトの「ガリバー旅行記」などがありました。
 どれも、今では古典児童文学の名作となっていますが、内容が分かりやすくて面白ければ、大人に限らないということはいつの時代も同じようです。
 そのような読物を書き直したりして児童文学というジャンルがようやく出来たといえます。
 次回は、十九世紀のイギリス児童文学事情を簡単にお話します。

2004.11

 ◆児童文学の始まり
       〜イギリス篇2〜
  十九世紀に入るとイギリスの児童文学はいっきに花開きます。精神病の姉と一緒にシェイクスピアの戯曲を子どもたちにも解りやすく書き改めたチャールズ・ラムの「シェイクスピア物語」。「ユリシーズの冒険」も有名なラムですが、この本はあのジェームス・ジョイス版「ユリシーズ」の下敷きになったほどです。また、姉メアリが中心に書いた「レスター先生の学校」もいまだに世界中で愛読されています。
 ラムのすぐ後に「二都物語」「オリバー・トウィスト」で有名なチャールズ・ディケンズがいます。この頃は産業革命で失業者がふえ、貧しい子どもたちが多く、そういう子どもへの贈り物として、彼は、金持ちでケチなスクルージじいさんが、友人の幽霊の忠告によって人間らしい優
 しい老人に生まれ変わるという有
 名な「クリスマス・キャロル」を書いています。
 さて、イギリスの文学界では、この二人に触発されたように次々と名作が生まれ始めます。イギリスのみならず、現在でも児童文学の傑作といえる作品が出版されだしました。
 駆け足で並べてみますと、ジョン
・ラスキンのあたかも昔話を題材にしたような空想物語「黄金の川の王さま」。民話の面白さを全部入れたようなウィリアム・サッカレーの「バラとゆびわ」。チャールズ・キングスレイの貧しい煙突掃除小僧トムの不思議な物語「水の子」などなど。
 こうして次に、ルイス・キャロルの傑作「不思議の国のアリス」がでてきます。
 イギリス独特の格言やら言い伝えやらわらべ歌を織り交ぜた(日本人にはちょっと理解しがたい)会話とユーモアそしてナンセンスが満ち溢れたキャロルのこの作品をきっかけに、より新しい児童文学の名作が生まれ始めました。
 次回は二十世紀のイギリス児童文学の名作をご紹介します。

2005.1

 ◆児童文学の始まり 〜イギリス篇 3〜
 今回はイギリスの20世紀にはいってからの名作をご紹介するつもりでしたが、十九世紀の終わり頃、動物を愛する読物の傑作が二つあったことを忘れていました。ウィーダの『フランダースの犬』とシュウエルの『黒馬物語』です。
 二人とも女流作家ですが『フランダースの犬』は今更あらすじを紹介するまでもないほど不朽の名作として馴染みの深い物語です。クリスマスの日にルーベンスの絵の下で冷たくなった絵の好きな少年ネルロとその愛犬パトラッシュを通して、貧しい者や弱い者、そして虐げられた者への深い愛情が全編に溢れています。
 作者のウィーダは、本名をルイズ
・ド・ラ・ラメーといい、1839年にフランス人を父として生まれました。最初はロンドンで小説を書い
 ていましたが1874年からはイ
 タリアのフローレンスに住み、1908年に亡くなるまで、40編程の作品を残しています。
 もう一つの動物小説の傑作『黒馬物語』は、黒い牝馬ブラック・ビューティー(原題も同じです)が、さまざまな飼い主の手にわたり、やがて辻馬車屋に売られながらも、最後に引き取られた家で長い間苦しかった過去を忘れて幸せに過ごすという物語です。
 原書には副題として「ある馬の自伝」とあるように、主人公の黒馬ビューティが自分の一生を思い出として語る、という形式で書かれています。
 アンナ・シュウエルは、1820年イギリスのヤーマスで生まれ、母親のメアリも児童文学作家として作品を残しています。この作品は馬車が盛んに使われていた頃のお話ですが、馬が虐待されていた当時に大きな波紋を投げかけ、アメリカのアンクルトムをもじり「馬のアンクルトム」といわれ、イギリスではこの物語を契機として動物愛護の精神が生まれたとまでいわれているそうです。

2005.3

 ◆児童文学の始まり〜イギリス篇4〜
 19世紀の児童文学は、今では古典的名作と言われている数多くの作品が生まれましたが、20世紀に入ると、ますますファンタジーを中心とした傑作が続々と出版されだしました。この頃から空想物語はイギリス児童文学の伝統的特長になったとも言えます。
 中でも、砂から掘り出した奇妙な妖精に変なお願いばかりして騒動を巻き起こす、エディス・ネスビットの「砂の妖精」は、日常生活の中に魔法の世界を織り交ぜた、当時としては新しい形の作品として発表されました。
 テムズ川近くで少年時代を過ごしたというロケネス・グレアムの「たのしい川べ…ヒキガエルの冒険」は、今も新しい読者を増やし続けているほど文字通りに楽しい作品です。ほら吹きで、自惚れ屋で、新しもの好
 きで、大金持ちのヒキガエル氏が引き起こす珍騒動のあいまに語られる川のボート遊びや暖炉での暖かな会話に、小動物たちの平和な暮らしと自然の本当の美しさを感じます。
 1873年生まれで、寺院のコーラス隊学校で教育を受けたというウォルター・デ・ラ・メアは、35歳で作家生活を始めて数多くの小説・詩
・評論を発表していますが、中でも大傑作の「サル王子の冒険」は、現在日本でなぜか絶版扱いとなってしまっています。サル王子たちが目的の土地を求めて不思議な旅を続けるという冒険ファンタジーの原点ともいえる本書ほど、人生について考えさせる物語はありません。
 他に、劇作家ジェームズ・バリの有名な「ピーター・パン」があります。元は3幕の幻想劇として1904年に上演されましたが、2年後にはその誕生編ともいえる「ケンジントン公園のピーター・パン」が出版されました。広く知られている「ピーター・パンとウェンディ」はその後1911年に出版された作品です。次回につづく…

2005.5

 ◆児童文学の始まり〜イギリス篇5〜
  ファンタジーはイギリス児童文学の伝統的特長と前に言いましたが、その後もいろいろな傑作が生まれています。
 1926年と1928年にそれぞれ発表された「熊のプーさん」「プー横丁」は、作者のミルンが自由奔放な想像力で、息子ロビンのために書いたお話として有名です。ミルンはこれ以前にもロビンのために童謡集などを書いていましたが、これらのいわゆるクリストファー・ロビン本が、当時の児童書としては異例の売れゆきを示したため、イギリス国内の各出版社もこぞって児童書の出版に本腰をいれるきっかけになったそうです。
 ファンタジーの大傑作「指輪物語」で有名なトールキンの「ホビットの冒険」は、少し遅れて1937年に
 出版されました。この「ホビット」
 は、出版前に出版社社長が十歳になる息子に原稿を読ませ感想文を書いてもらったそうです。その息子は《五歳から九歳までの子どもにはウケると思う》と批評したため、その社長も異論を唱えず、子ども向けとして出版したのですが、実際に手にとったのは十代から二十代の若者だったそうです。(指輪物語については、長くなりますので次回にでもお話します。)
 同じ頃にヒルダ・ルイスという学者の奥さんが、小さな模型のバイキング船に乗った四人の子どもたちの冒険を描いた「とぶ船」が出版されました。この物語もルイス女史の一人息子に聞かせたお話を元にして書いたそうです。
 1934年には、ロンドンの住宅街の銀行員の家に新しく来た女中さんメアリーの見せる不思議な出来事を文句なしに面白く書いたトラバースの傑作「風にのってきたメアリー
・ポピンズ」が出版されました。作者のトラバースは、オーストラリアで生まれアイルランドからイギリスに移り住み、シェークスピア劇の女優という経歴もあり詩人でもあったそうです。次回も20世紀の作品紹介です。

2005.07

 ● ◆児童文学の始まり
       〜イギリス篇6〜
  かつて、ファンタジー読みの王道として、初めに「ナルニア国ものがたり」、続いて「ゲド戦記」、そしていつの日か「指輪物語」と言われた時がありました。
 それほど、トールキンの「指輪物語」は、ファンタジーの至高の名作と称されてきました。その一方で、読破するのに骨が折れるとも言われていましたが、完全映画化の影響で、以前挫折した方も改めて再挑戦しているほどです。
 「指輪物語」は、原書では全3部作を一話一冊の全3巻で構成されていますが、日本語翻訳版では約2倍の分量になっているのに加え、第一部の「旅の仲間」上巻の序章部分(ホビット庄の考察)が、児童書のつもりで読むと難しく、その先へなかなか進めないという状態の方が多いようです。
 とにかく一度「指輪物語」全巻を読み通したい…という方は、この序章の部分 
 を最初から飛ばして、《ビルボの誕生祝い》の部分(ここからがこの物語の始まりです)から読み始めることをおすすめします。
 裏話として、「指輪物語」の翻訳権が切れた時、早川書房が文庫化しようとして、新規に別の翻訳家へ新訳を依頼したそうです。その後、無事訳し終え、後は出版するだけという段階まで準備が進んだ時…(当時、評論社では単行本だけだったので)その動きを察知した評論社が慌ててしまい、単行本を文庫サイズ版に縮刷しただけで先に出版してしまったとか。結局、早川版「指輪物語」は幻となり、とうとう日の目を見ることなく消え去ってしまいました。だから評論社の、旧版の文庫本は活字が小さくて読みづらかったんですね(今は違いますが…)。
 
 今回でイギリス篇を終えるつもりでしたが、紙面の関係で次回を最終話にしようと思っています。お楽しみに…。

2005.09

 ● ◆児童文学の始まり
       〜イギリス篇7〜
  今回は、来春3月にディズニー映画として実写版放映が決まっている『ナルニア国ものがたり』についてお話します。
 「ナルニア国ものがたり」は、作家C・S・ルイスにより1950年から1956年にかけて、ナルニア国の誕生から滅亡までを全7冊にして出版されました。7冊の物語は、それぞれ独立していて主人公も全部が共通ではありませんが、映画化された作品「ライオンと魔女」は、イギリスの4人兄妹がナルニア国へ引き込まれ、ナルニアを白い魔女の支配から解放するためアスランとともに戦うというストーリーです。
 ナルニア国は、新約聖書の物語を背景に描かれていると言われていますが、神話や伝説などを下敷きに作者の豊富な知識と想像力が満ち溢れているファンタジーの傑作です。
 ルイスは1898年に北アイルランドで生まれ、オックスフォード大学で学び、その後、母校とケンブリッジ大学で英文学の教授をしていました。
 オックスフォード大学の文学研究会では、「指輪物語」の作者トールキンと共に、古アイスランドの叙事詩を言語で読み解く研究をした時に、その後の長い友情を育むきっかけになったそうです。
 当時から二人とも、北欧神話と幻想文学を好み、それぞれに、トールキンは《中つ国》、ルイスは《ナルニア国》、というアイデアを持ち寄り、批評しあっていたとか。ちなみに、ルイスはケネディ米大統領が暗殺された1963年に64歳で亡くなっています。
 ものすごい駆け足だった『世界名作童話あれこれ』の〈イギリス篇〉、今回が最終話となりました。割愛してしまった名作達ごめんなさい!
 次回から〈フランス篇〉の連載を始める予定でいます。お楽しみに♪

2005.11

 ◆児童文学の始まり
       〜フランス編1〜
  今回から、イギリス編に続いてフランス児童文学の名作をご紹介します。
 フランス文学の歴史は、十二世紀に始まった十字軍の遠征にまでさかのぼれます。いわゆる中世といわれた当時、武勲詩という英雄たちの戦った功績をたたえた詩を、吟遊詩人がヴィエラという楽器に合わせて語っていました。その中に「ローランの歌」という傑作があります。
 これは、八世紀にシャルル王がスペインに攻め込んだ歴史上の事実をもとにして作られた物語で、特に児童向き読物というわけではないのですが、日本で源平合戦などの軍記物語が子ども向けに書き改められて昔からよく読まれていたように、この「ローランの歌」も古くからフランスの子どもたちに愛読されています。
 そして同じ時期に、王侯貴族の支配下にあった商人や農民の活性を反映した「きつね物語」が生まれています。
 この「きつね物語」はイソップから始まっている数多くの寓話やフランスの民話を元に、多くの作家たちの合作で作られてきたといわれています。きつねのルナールが主人公の小話をイソップ寓話のように集めた物語ですが、当時の民衆の皮肉と機知にとんだ北フランスの代表的作品です。
 十六世紀に入り、イタリア・ルネッサンス文化の影響を受け、新しいフランス文化が生まれようとしていた時期の代表として活躍したのがフランソワ・ラブレーでした。
 その代表作が「ガルガンチュア」です。大食いのお妃の耳から生まれた巨人の王子ガルガンチュアの荒唐無稽の冒険譚ですが、人間に対する信頼や愛情を痛快でユーモラスな出来事で描かれています。作者ラブレーは弁護士の家に生まれ修道院で学んだのち医学を志し医者になったそうです。この作品は40歳前後の頃に出版されましたが、ご本人は60歳ぐらいでその生涯を終えています。

2006.01

 ◆児童文学の始まり
       〜フランス編2〜
  前回ご紹介した作品は、必ずしも児童向きに書かれたものではありませんでしたが、十七世紀になって、シャルル・ペロー(一六二八〜一七〇三)の登場で初めて本格的な童話が書かれるようになりました。ペローの童話は、古くからヨーロッパに伝わる昔話を題材に作られています。そのため、グリム兄弟が収集して再話したお話と同じようなものがいくつも見うけられます。「赤ずきん」「長靴をはいたネコ」「青ひげ」「サンドリヨン(シンデレラ)」など十一のお話を散文詩の形式で書き改めた「鵞鳥おかあさんの物語」を一六九七年に発表しました。出版の際のペンネームは、十歳なった自分の子どもの名前を使ったそうです。
 ペローの少し前、詩人ラ・フォンテーヌ(一六二一〜一六九五)の寓話詩がフランスでは特に有名です。この寓話は、イソップやフランス古典寓話にインドやペルシアの東洋寓話などの中から動物譚をおもに選び、古典フランス語の詩で書かれた二四〇編の作品です。フランス人特有の機知にとみ理知的なこの動物寓話詩は、動物をかりて人の世に対する厳しい皮肉と批評精神があふれ、なおかつ美しいフランス語で書かれているため、フランスの小学生が、最初に学ぶ母国文学といわれています。
 十八世紀入ると、児童教育という観点からの作品が目に付き、目ぼしい作品がありませんが、十九世紀になって、アレキサンドル・デュマが一八四四年に「三銃士」を、そして翌年には「モンテ・クリスト伯」を相次いで発表しました。この2作品ともに、歴史的事件や世相をたくみに取り入れ、主人公の正義感と知恵とその意志力に、出版当時から大ベストセラーとなり、今なお高い人気を保っています。ちなみに、「椿姫」の作者デューマ・フィスは、息子です。そのため父を大デュマ、子を小デュマと区別されています。

2006.5

 ◆児童文学の始まり
       〜フランス編3〜
  都合でしばらく休載していましたが、今号より再開いたします。どうぞよろしくお願いいたします。
 十九世紀の続きになりますが、この時代には最近ではあまり読まれなくなったとはいえ、珠玉の名作が数多く作られています。
 メルメの「マテオ・ファルコーネ」、セギュール夫人の「学問のあるロバの話」、ユーゴーの「レ・ミゼラブル」、ドーデの「金ののうみその子」、ベルヌの「十五少年漂流記」、サンドの「ものをいうカシの木」、マローの「家なき子」、モーパッサンの「首かざり」、アナトール・フランスの「野あそび」、そしてルナールの「にんじん」などなどです。
 今回は、その中からドーデの故郷プロヴァンスの風物や伝説を描いた「風車小屋だより」という短編集に収録されている「金ののうみその子」をご紹介します。
 生まれつき金の脳みそを持っている不思議な子は、その金の脳みそのおかげで思い上がり、その金を浪費してしまいそうになると一生懸命に倹約に努め、でも最後には好きな娘のために使い切ってしまう、というお話です。金の脳みそが枯渇して思考力も同じように無くなってしまった主人公は、娘が病気で死んだことも忘れてしまい、ふらりと立ち寄った靴屋で、頭の中の金を爪でこそぎ落とし娘のために靴を買い、その靴を握ったままばったりと倒れてしまうという結末です。
 作者ドーデは、一八四〇年南フランスのニームに生まれ、教員助手や雑誌記者などを経て小説や戯曲を書いています。同時期に「月曜物語」という短編集がありますが、その中に「最後の授業」という、一八七〇年普仏戦争での敗戦で、明日からドイツ語の授業となるフランス語最後の授業を描いた名作もあります。
 他にもビゼーの名曲で名高い、戯曲「アルルの女」などを残して一八九七年にこの世を去りました。

2006.7

 ◆児童文学の始まり
       〜フランス編4〜
  古くからフランス文学は、人間の心象を緻密に探るような作品が多いのが大きな特徴といえますが、児童文学も例外ではありません。二十世紀に入ってからも、そういった心理小説のような作品が次々と生み出されています。
 子どもらしいユーモアと機知に満ちたリシュタンベルジェの「かわいいトロット」、有名なメーテルリンクの「青い鳥」やロマン・ロランの「ジャン・クリストフ」、ヴィルドラックの「ライオンのめがね」、子ども向けにチボー家の人々を書き直したマルタン・デュガールの「チボー家のジャック」、モーリヤック唯一の児童文学作品「十八番目はチボー先生」、そしてサン・テクジュペリの「星の王子さま」、ドリュオンの傑作「みどりのゆび」などがありますが、今回は子ども向け風刺文学の傑作、アンドレ・モーロワの『デブの国とノッポの国』を簡単にご紹介します。
 ふとっちょでのんびり屋のエドモン、やせっぽちですばやいチェリーの兄弟が
ある日、森へピクニックに出かけ、地下の架空の世界、デブ国とノッポ国にそれぞれ別れて連れて行かれ、それぞれの国にすっかりなじんだ頃に、お互いの国の戦争に巻き込まれてしまいます。動きの鈍いデブ国はたちまちノッポ国に占領されてしまいますが、占領軍のノッポ国人は徐々にデブ国の習慣に染まりだしその国の良さがわかり始めます。こうして二つの国は合衆国となってそれぞれの特徴を生かした国に変わり、兄弟も別れを惜しまれながら地上に戻るというお話です。
 この作品は第一次世界大戦後に書かれましたが、戦争と平和、占領国と被占領国、そして異なった民族や考え方の違いの問題を象徴的に描いています。作者は一八八五年に生まれ従軍経験を生かし伝記や歴史書など数多くの著作を残して一九六七年にこの世を去っています。

*次回からドイツの名作をご紹介します。